小川三知を讃える会

明治・大正・ 昭和初期に活躍した日本におけるステンドグラス作家の草分け
『小川三知』(おがわ さんち)の作品を鑑賞して楽しむこと、またその作品についての調査、研究、保存、展示活動を行い
小川三知の作品と名前を100年後に伝えていくことを目的とした会です。

新潟鍋茶屋

所在地:新潟県新潟市中央区東堀通8番町1420

ステンドグラス制作者:玲光社(今回の調査で判明)
建築設計者:大友弘
施工者:清水組(現:清水建設株式会社)
竣工年:昭和6年(1931)年
現 況:現存
*料亭 鍋茶屋として営業
http://www.nabedyaya.co.jp
所有者 :合資会社鍋茶屋
文化財指定:登録有形文化財(建造物)
https://kunishitei.bunka.go.jp/heritage/detail/101/00001595
画像:応接室棟3階 シノワズリ文様ステンドグラス (非公開)
*今回の保存修復調査では他応接室棟の1F渡り廊下のサカナ意匠円型窓(公開)と洗面所建具にはめ込まれたタツノオトシゴ意匠ステンドグラス(公開)の3作品を保存修復調査
修復期間:令和4年3月〜令和5年4月

修復担当:
川本 昭彦 ・かわもと みえ (渡り廊下のサカナ意匠円型窓ステンドグラス )
藤原 俊(3階 シノワズリ文様ステンドグラス ・1F手洗所タツノオトシゴ意匠ステンドグラス)
調査記録・記録報告書作成:井村 馨


応接室棟1階渡り廊下 サカナ
修復後


 
修復後

 
修復前
鉛線が経年劣化により切断されてガラスを固定出来ない状態になっていた。
平面のパネルが外部に数センチ膨らみすきま風も入ってきていた。
早急な修復が必要な状態だった。


 
意匠についての考察-サカナ
海の中を泳ぐ魚の群れが左右対称に見える意匠である。
海と判断したのは、海藻(コンブか)と珊瑚、4匹のヒトデの存在である。
左右は実は非対称である。右は魚が3匹、左は魚が4匹、数が異なる分、泡の数も異なる。
左右の魚の鉛線の入れ方も違う。左は魚の腹や目の端に鉛線を入れているが右にはない。
対称なようで実は異なるという間違い探しのような楽しさがある。
この魚の種類は新潟で獲れる海の魚で探したところ「セイゴ」が酷似していた。
群れで泳ぐ出世魚の「スズキ」(小さいものは「セイゴ」「フッコ」)であれば鍋茶屋の発展に
思馳せた意匠だと思 また中国では魚を「ユィ」と発音し、「有余(有り余る)」と同じ発音富と
幸福のシンボルとされてきた。魚はたくさんの卵を産むため、子孫繁栄の吉祥文扱われる。
魚のモチーフは正倉院の宝物や平安時代の装飾にも見られる。
 
「サカナ」のモチーフは、富と幸福、子孫繁栄の願いが込められている。
出世魚スズキであったなら、より一層の繁盛の思いの表現であろう。


応接室棟1階洗面所 タツノオトシゴ
修復後


 
修復後

 
修復前(取り外し後の部分撮影)
洗面所の建具に嵌め込まれいた作品。扉の開閉による衝撃の為か、鉛線が複数箇所切断されていた。
頻繁に使用する扉に入っている為、早急な修復が必要との判断をした。
 

 
修復工程 鉛線解体
古い鉛線を取り外していく。
鉛線とガラスの間にはパテが埋め込まれているのでガラスを割らないように
慎重に1ピース毎取り外していく。

修復工程 鉛線解体完了
鉛線を取り外しガラスだけになった状態。
この後、ガラスを一枚づつ洗浄して表面の汚れを落とす。


修復工程 ハンダ付け
新しい鉛線でガラスを組み上げてハンダで溶着して仕上げる。
ハンダは修復前と同様に全面ハンダ技法で行う。

 
意匠についての考察-タツノオトシゴ
明治・大正期の西洋建築窓に多く見られるダイヤ型の格子 思われる二匹を配した作品。
タツノオトシゴの雌雄の見分け方として腹部のカーブが挙げ育児嚢がありカーブがなめらか)
本作品では雌雄は見分顔部に鉛線の突起の表現が見られるが、雌雄の区〜このモチーフから
考えられる意匠の意味尾が絡まっているが、このような図像は魚の例が多い。
中国文様に「双魚(そうぎょ)」がある。
双魚とは2尾向かい合わせにつないだ、または2尾が一緒に泳ぐ などの文様のことで、
中国の吉祥文様のひとつとされている。
タツノオトシゴの文様は珍しいと思うが、このモチーフについては「龍の落とし子龍を意識させる。
龍は勇ましさ、力強さ、高貴を表す。
日本でのタツノオトシゴの記述は、藤原(中山)忠親 (1130~1195)記した
『山記 (さんかいき)が初であるといわれ、じ薬箱海馬(タツノオトシゴ)が
6がっていたという記録がある。
これは安産御守りとえられ、くから産婦が手 にったり、めてにつけると、
がくなるとじられていた。(典:『日百科全書(ニッポニカ))
 
タツノオトシゴは幸運の文様であり、子孫繁栄を願ったものと考えられる。


応接室棟3階 シノワズリ(非公開)
修復後


 
応接室棟3階 シノワズリ修復後

 
修復前
面積の広い透明ガラス2箇所がひび割れ。
作品の下部に数センチの膨らみがある状態だった。
高所に設置された作品で落下の危険性も考え、早急な修復が必要と判断した。

 
修復工程 鉛線の転写
修復前の鉛線の状態を記録する。鉛線のラインをトレッシングペーパーに写し取り、鉛線の位置や太さ特徴、ガラスの破損箇所なども記載しておく。
次回の修復の際の貴重な資料になる為、オリジナルの作品の状態をなるべく正確に記録しておく。
転写した用紙は作品と共に鍋茶屋様にお渡しして、次回の修復まで保管をお願いした。

 
修復工程 新しい鉛線の組み上げ
鉛線から取り外したガラスを洗浄した後、元通りに新しい鉛線で組み上げていく。


 
修復工程 ガラスの修復(2層箔挟みガラス)
破損しているガラスは、破損が大きいものは類似ガラスに交換。
微細な破損は専用接着剤での接着で修復する。
画像はシノワズリ作品の細部に使われていたガラス。
2枚の薄いガラスの間に箔を挟み込む事で両面から見て鏡の様な反射する
ガラスになっていた。箔が剥がれているピースは、再度箔を挟み込み接着して
修復した

 
意匠についての考察-シノワズリ
中心部は、中国の吉祥モチーフである宝相華(ほうそうげ/牡丹を中心として他の
植物の美 しい部分を組み合わせた空想上の花)と唐草に回文(かいもん)や
雷文(らいもん)を組み合わせ、さらに文字で構成されている。
文字は「福」「禄」「寿」に代表さ れる円形のデザイン漢字2文字である。
ガラスの一部に鏡のような部分が見受けられるが、今回の修復で解体したところ、
透間に金箔を挟み、鏡 円の周囲は中国宋時代の漆器に使われていた屈輪文(ぐりもん)
または霊芝雲(れい しぐも)の文様が配置されている。霊芝は仙人の住む世界に育ち長寿をもたらし、
また治世にも繋がるといわれている。
〜中心に描かれた二つの文字 円形のデザイン文字を調査したが、当てはまる文字を探すことが
できなかった。
推測の域はあるが、左が「青」、右が「昊」、両方合わせて「青昊」(せいてん)ではないかと思われる。
鍋茶屋の顧客に渋澤栄一が名前を連ねていたとお聞きし、『渋澤栄一傳記資料』を調べてみると
1901年から1910年の日記に4回鍋茶屋を尋ねていたことが記録されていた。
渋澤栄一は大河ドラマ「青天を衝け」でも有名であるが、その「青天」=「青昊」である。
青天を衝けは渋澤が19歳の時に詠んだ漢詩に登場した文言である。
渋澤の漢詩2種に「衝青天」を使用しており、自身の号も「渋澤青淵」と青を使用している。
三代目髙橋髙四郎氏は3階の部屋の額が号だとすると髙四郎氏も「碧」が使っている。
昭和6(1931)年、この増築が進んでいる最中の11月11日、渋澤栄一が91歳でこの世を去った。
渋澤への追悼の意なのかは定かではないが、客として迎えていた名士の死にいくばくかの思いが
あったのかもしれない。
 
幸運の文様で構成された「シノワズリ」は、細やかで華やかなデザインで ある。
花のモチーフは宝相華と判断したが仏教的な要素がある蓮華も感じさせる。
さらに霊芝は長寿を意味する植物である。
渋澤栄一の死について関心を寄せたのか否か、今後の調査としたい。
(記:井村 馨)


 
撮影:小川三知を讃える会